著者ー和田健

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和田 健
株式会社アップライズ 代表取締役社長。中小企業経営者の為の課題解決サロン、トップ経営を運営。主に資金調達、マーケティング戦略、M&Aコンサルティングにて活動。昨今の課題はアライアンススペシャリストの育成

プロフィール

和田健(Takeru Wada)・宮崎県出身・水瓶座・A型

ファイナンスコンサルタント

株式会社アップライズ 最高経営責任者

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幼少期

小学2年生の時にライバルだと思ってたのは、経営の神様と言われる松下幸之助でした、本気でそう思っていました。幼少の頃の目標は日本一の社長になるんだと・・・今思えば笑える話しだが、それもこれも父や、おじいちゃんの影響でそう思い込んでたんだろう・・・

建築業と不動産業を2代続く家系だったので、幼少の頃から、社長とは・・をお腹一杯聞かされたもんだ。そんな小学生時代を過ごしたある時事件がおきました。当時10歳の出来事でした。ある日、学校が終わって友達と下校してたら、友達が「倒産したんだって」と聞かされて初めて知りました。家に帰り新聞を読んだら倒産との文字が・・・その時思ったのは、あぁぁ恥ずかしいな〜との気持ちが、そんな気持ちに追い打ちをかける事件が起こりました。新聞に倒産が載った次の日に、銀行強盗が起こりました。周りの噂では父がやったんではと、さすがに子供ながら動揺したのを覚えてます。

その時に思ったのは、大人は冷たいな〜と。手のひらを返すかのように誰も寄り付かなくなりました。ちなみに銀行強盗は父ではないですよ!

少年期

はい、ここからは天国から地獄へ一直線、実家も差し押さえでなくなりました。言いたくないが、おきまりの悪ガキの時代背景もあってか、ずるずると悪いほうへ・・・気ずいたら地元の有名人に、それでも救われたのは、本を読むのが大好きだったので、多くのことが本で助けられたような気がする。

中学2年生の時に家にあった、ナポレオンヒルの巨富を築く13の条件を読んで、カーネギーは凄い、こんな人になれたらと思ったものです。この本をきっかけに、人を使う戦略を練るを考えるようになり、勘違い君になってしまいました。

そんな少年期を過ごし、高校生の時に日銭が回る飲食店をやろうと夢をいだきました。もう一つ夢があり倒産した父の会社を再建したいと考えてました。

大人へ

地元宮崎から東京へ出て、東天紅グループのスイスレストラン「モーベンピック」で接客を学び、その後、青山のビストロ通りにあった西洋レストランで調理見習として働いていましたが、事情で宮崎に戻りました。やることないので、19歳の時に焼肉屋を開業しました。これが本当に良い経験になったと思います。特に小銭の大切さや人の大切さを・・・そんなこんなで。1年で焼肉屋はバイアウトしました。

ここで考えてたのは動かすお金は大きい方がいいと、そこで、父とともに建築業を復活させました。最初は右も左もわからないので、父とはケンカばかりしてましたが、父の教え通り職人に指示をだすには、現場を知りなさい。なので、基礎、屋根、塗装、板金、大工、とほぼ全ての職人の下について学んだおかげで、最短距離で家づくりを覚えました。大工が10年かかると言われる板図を1年でマスターしましたし、現場監督として、建前式の作業スピードも地元では2位と言われてました。1位はプロの大工集団でした。ここは競うところではないですが・・・

この最短で覚えたのは、ちょっとした自慢です。

迷走の旅

ところが、会社が順調に大きくなるにつれて、自分の中で迷いが生じ、「自分がやりたい仕事なのか」と、そう思うようになったらすぐに辞め、地元を離れて3年程、定職につかず自分探しの旅へ〜・・・

さすがにこのままでは、ダメ人間になるなと思い、自分が得意とする「住宅リフォーム」専門店を開業しました。そこでも感違いするような出来事が、仕事は順調に目標通りに進んでたんだが、ある日みた新聞に、専門紙のリフォーム新聞を購読してたんだが、そこに船井総研の広告が(船井総研は日本一のコンサル会社として有名)そこに書いてあったのが、広告のレスポンス率、それを読んだ私は「ん〜低い・まじですか〜」と、私たちが作る広告はかなり高いレスポンス率だったので、当時のレスポンス率の数字は覚えておりません。

それを読んだパートナーも「社長がコンサルやったほうがいいんじゃないの」、はい、そこで私は感違いしてしましました。「そうだコンサルタントになろう」そう思った私はコンサルタントになる決意をし、リフォーム会社を辞めてしまいました。

転機

決意しても、何をどうやってコンサルするのかが、わからず悩んでいる時に友人に、ある先生を紹介してもらいました。その先生はファイナンスコンサルタントを専門としてる、全国中小企業審議会の理事長を務める方でした。当時の私はなんでもよいのでコンサルタントになりたい、きっかけが欲しいと思ってたので、先生に押しかけて、「給料いらないから雇ってくれ」と頼みこみ、先生の秘書として学ぶ事になりました。

先生と出会う前は、マーケティングの勉強を特に、神田昌典氏(日本一のマーケッター)のダントツ実践会のゴールド会員になり、ダイレクトレスポンスマーケティングの勉強をしておりました。今から15年程前になります。実はマーケティングは私の得意分野で、今でもかかさず勉強はしております。

私がなぜ秘書になれたかと言うと、簿記の資格を持ってたので、会計の知識があり、尚且つ経営もわかり、銀行からの資金調達の経験もあったので、学ばせてくれたのだと思います。ここではいろいろな経験を積んできました。ここで言えないような話しも、銀行の横領や不正、保証協会の不正などの裏話や・・・・金融ブラックに載ってる個人情報を消した事もあります。

独立

先生の元で3年近く学び、めでたく独立することができました。と思いつつ、実はクビになりました。副業がばれてしまったのです。それがきっかけで独立できたので結果良かったです。独立当初はがむしゃらに営業しまくりました。おかげで独立初年度の年収は6千万円稼ぐことができました。このように稼げるようになったのは先生のおかげでもあるので、感謝しております。コンサル業を15年近くしてきましたが、やはり一番悲しいのはクライアントが、上手くいかず消えていくことです。これまでに800社近くの面談と300社近くの財務諸表をみてきました。

そこで思うのは・・・

悲しい愚痴

消えていく会社の特徴は、ほぼ経営者に問題があります。その問題は戦略がないということです。中小企業の多くが抱える問題は売上と利益の構造による部分が大きいのですが、それに気がついてない経営者が多く、真っ先に取り組まなければいけない販促活動、マーケティングに戦略がなく、アドバイスしても実践しない経営者が本当に多いです。新しいことばかりに気が向くようで・・・マーケは単純に同じことの繰り返しを言わば継続は力なり、やれば結果は必ずでます。愚痴はここまでに・・・

コンサルは稼げます。元でもいらないので、しかしその分責任も重大です。リスクを背負って事業をやる経営者は尊敬に値します。私もリスク背負ったビジネスに取り組もうかと思う今日この頃です。・・・

現在はコンサル業は辞めており、新たな道を摸索中〜・・・夢を追いかけようっと、あ、違った、描くイメージを近づけて行こうっと!

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笑伝説

小学2年生の時に空手で県大会3位なのに怒られる。顔が笑顔だと 😆

小学4年生の時に隣の小学校と先輩集めて大乱闘!なぜか私が首謀者に :mrgreen:

小学6年生の時のマラソン大会でゴール直前で抜かれて2位になる。勝ったと思ってゆっくり走ってたら唖然 💡

中学3年の体育祭では団長で優勝する! 練習に余り参加せずにおいしいとこだけ持っていく 😯

中学の野球部時代、監督がいない日は後輩全員連れて、一人バッティング練習 👿

中学の時に先輩12人にボコられる。今ならニュースだ 😎

39歳の時にFXで◯億円飛んでいく〜うつ病になるがセドナメソッドで救われる 😳

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趣味

ファッションが大好きで、幼少の頃から親のコーディネイトをしたりするぐらい大好き。ダンスは若い時にダンサーになりたいと思うくらい練習した。HIPHOPにHOUSE、音楽も大好きで、今でもクラブに行きたいと思ってる。読書は偏った本ばかりマーケティング関連が多い。絵も好きだが最近は美術館にあまりいかないな。

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特技

財務戦略・デッドファイナンス用の事業計画書作成・エクイティファイナンス用の事業計画書作成(作成の仕事は嫌いだが)アイデアを出すこと、最近はあまりでてこなくなったな。マーケティング知識 ファッションセンス

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和田 健
株式会社アップライズ 代表取締役社長。中小企業経営者の為の課題解決サロン、トップ経営を運営。主に資金調達、マーケティング戦略、M&Aコンサルティングにて活動。昨今の課題はアライアンススペシャリストの育成